かっこいい選択を心がける

【かっこいい選択】

これは簡単なようで簡単ではないです。想えばこんな思想を学生の時に持てたら僕はもう少し進化したかもしれないです。

いま僕が本当に辛かったり、苦しい場面で考えるようにしているのは

どうしたらかっこよくいれるのか?

ということを意識します。

1.かっこいい選択は些細な積み上げ

じゃあどんなことを実践するのか?それは当たり前のように聞こえますが、決めたことをやることです。
これが最大にして最高のパフォーマンスアップです。

朝5時に起きて30分でいいから朝ランする。

こんなことでもいいです。実際は朝起きるのが少し苦手。夜は仕事で帰るのが遅く、時間が読めない。心も体も読めない。そうすると出来る時間は朝しかなく、その朝という時間に自分の時間を投資することができるかどうかはパフォーマンスに大きく影響します。

最近実践したことを上げるとですね。1000mラスト400mです。

主要練習をこなしてきている上に、最後とのひと絞り頑張るために出し抜くんですが、それをやりきったから延びるパフォーマンスは主要練習に比べたら圧倒的にウエイトが小さく、意味がないわけではないですが、最重要ではないかもしれません。
そんな時に心が葛藤するのです

「まあいいじゃん、そこまで出来たんだしさ、手を抜いても誰も見てないし」

そんな心のスキを埋める魔法のイメージがあるのです。

2.誰かに話をしたことを想像する

「いや、でも後でfacebookで最後集中できずやめました~」ってかっこわるい

今回の1000mはそれで乗り切れました。もちろん毎回出来ることではなく、コンディションや気持ちなどで左右はされますが、ここ一番で自分を支え大きく前に踏み出す時にはだれかの事を想うといいです。

「コーチがあんなに応援してくれてたから、いい報告がしたい!」

これも立派な我慢動機です。僕は大切な誰かや、共有できる誰かに自分の目標を告げておくのはパフォーマンスを大事にする一番の薬になると思っています。

そして魔法のイメージです

「一番かっこいい自分を選択すること」

です。これが出来ればいいのです。最高の選択と最低の選択は必ず2つセットであるはずです。そして僕のことになりますがそれはいつも最低の選択から降り注ぎます。そしてその時に皆さんはその逆を想うのです。

「いやいや、それはかっこ悪い」

それを想って今を出し抜けば結果はついてくると思います。ただ、判断を間違わないで欲しいのが無謀な選択をしてはいけないということです。

「 無謀 マンガ 希望」の画像検索結果

これはかっこよくないです。だって出来ないことですからね。
出来ない選択肢を選んだら速く修正するか、しないように自分を分析するかきちんと自分を理解しましょう。

あと無謀だとわかって行うときは練習くらいにして、本番これをやってたらできなかった言い訳をもうすでに作ろうとしているのと一緒だと思うので、そこに戦略や見通しなく「あきらめた末にある判断」ならそれは最善ではないと思います。それにダメだと思って選んだ選択肢におそらく良い結果は出ないです

絶対にその先であきらめるからです。

3.ポジティブな選択は課題がわかりやすい

ネガティブな選択は結局「できなかった理由を述べる言い訳会」にしかならず、出来たことを出来なかったと嘆く成長が少ない選択になりやすく、しかも言い訳が多くなります。

でも自分で選んだかっこいい選択が最悪結果を引き出さなくても、そこには明確な課題が生まれるので改善するポイントが絞られていて、のちに取り組む内容はシンプルになります。

出来たことをやり残さない。出来なかったことや足りなかったことをシンプルに考えるためにも、今できる最善の目標と選択を行い、レースでは一つでも多く逃げない姿勢と準備を行うことが大事です。

~まとめ~

急に選択を迫られてすぐに良い判断は出来ないので、練習や日々のスケジュールなどでその習慣化を身につけてできることやれることをまずは綴って、一つでも多く達成するという習慣をつけるといいかもしれません。

そのためにもSNSを活用したりできることやれることを宣言するのもいいかもしれません

重く感じるかもしれませんが、まあ最悪「趣味や特技」の範囲です。そこに責任や義務はないので自分の戒めだと思って取り組むくらいでいいと思います。たぶんそうした良い選択をすることもビジネスや私生活に活きてくるのかもしれませんね。

僕はこうしたマインドが高校生の時にあればよかったです。全国駅伝に参加したけど、結局一回もまともに個人戦を戦えなかったし、高校3年生に抱いた結果に対する思想は本当に最低な選択でした。自分の保身や自分の事しか考えてませんでした。負けて当然です。そしてすごくかっこ悪かったです。

日々の練習でもそうです。臆せず自分の課題と向き合えば練習のポジションも前を走り、同士に声をかけ、最善の努力と想いを共有し、喜び分かち合えたはずです。

こうした選択をいまになって考えれるようになったのも「勝とうとする意思」がそうさせています。

皆さんも自分に見合うゴールがあると思いますが、それは適切でしょうか?時に自分で作るものさしよりも誰かの評価と期待を背負って行くのもいいと思いますよ!

=KANATA=