駆け抜ける想い

私の地元は「神辺」という広島県福山市の田舎町なんですが、ベッドタウンとしてはすごく優れた良い街です。

地元ではかつて「備後山陽路マラソン」なるものがあり、5kmと10kmのマラソン大会がありました。小学6年生までは3年間欠かさず参加し、5kmという当時ではそう経験しない距離を必死で走り入賞したいと願っていましたが、ついに4位であと一歩というところでかないませんでした。

気が付けばそのマラソン大会もなくなり、当時参加していた駅家という場所で開催された3kmほどのマラソン大会や、尾道シーサイドマラソンなどもなくなり、子供も大人も走る意欲と健康への意識が遠のく結果を生んでいます。

昔の人が手集計のころから苦労して取り組んだ良き大会も担当者が高齢になり、疲れて実施されなくなり、音頭を代わりにとれる人材もいなくてすたれたのかと思うのですが、それほど「警察」「行政」などの理解を得るのは大変だし、ボランティアや集客告知なども含めて収支バランスを考えると本当にマラソン大会の運営は厳しいものです。

そんなマラソン大会を作った偉人を批判するつもりはないのですが、

結果として続かなくなったのも「収支をとれない、夢がない」「仕事ではないから気持ちが入らない」など営利性や利益などを少しは意識した運営が出来ればそれを引き継ぎ手を上げる若者もいたのではないかと思います。

現実、私の地元では指導者不足と指導者の高齢化が顕著になり、衰退するクラブが続出しており、後継者問題があります。私の知人も福山でそれを取り組んでみたのですが本人はうまくいかないと嘆いている中で、一方では先人のボランティア精神を否定して自らの意志と想いで陸上競技を引き立てるべく「有料制陸上教室」を開講しうまくいく事例もあり、単に伝統スポーツだからお金はどうのこうのが単に「実践しなかった言い訳」ということを証明する結果を出しているのです。

僕は伝統競技としてマーケットが活性化しない古い体質は嫌いだし、なくすべきだと考えている人間で、それは東京や一部の首都圏だけでなく、サッカーや野球のように一定の営利要素があり、コーチや指導者がちゃんと誇りをもって取り組める環境を作ることは後進のためにも必要なことだと考えています。

そのために小さいながら地方や地域での取り組みが微力ながら行っており、出来ればそんな流れが「学生たちのあこがれ」となればいいななんて思ってもいます。

僕は陸上競技者としてある種正統派でなく、陸上が大好きで大好きで仕方がなくて今の立場をとっているのではなく、ランニングを通じた縁や関わった人の人生観を変えるような変化などが好きで、そんな力を持っているこの競技が好きなんです。だから、有名選手がどうこうとか、力のある選手がすごいとかというのことに対して関心がなく、競技をとりまくマーケットの活性化をどうやったらできるのか?僕みたいな小さな人間でも示せる可能性はないのだろうか?

そんなことにチャレンジしたいのです。だから、交通費や時間など限界があるのですが可能な範囲で情報の少ない地方に出向き、自分の理念や想いを伝達できる場を自ら構築し、理解を得ながら成長させて、それを引き継げるパートナー探しをやっている感じです。

そんな可能性を示すことで少しでも指導者であることを仕事にできて、競技やマーケットの可能性を引き上げることができればなと思っています。そのうえで、過去に抱えてきたコンプレックスにも似た経験は力となり、いま自分の信じて進みたい形や角度がすこし明確になってきています。

私の浅はかな考えや、足りない配慮で迷惑をかけて本当に申し訳ないなと正直思うことが多いのですが、

それでもこうしていまある行動力をとれたのは支援してくださる方がいるからだと思っています。そんな人に僕一人の力で応えるのは困難ですが、出来ることは最善を尽くし取り組んで、このランニングを通じて出来る可能性を考えていきたいと思っています。

=KANATA=